月夜見
 残夏のころ」その後 編

     “大きくなったら”


俺はまだまだ平気だが、
店としてはそろそろ冷房なんか入れ始める頃合いかな。

でもね店長、節電の夏ですよ?

それなんだがな、
ウチには電気自動車もお試しで入れたのが何台かあるだろが。

はい。

あれを毎晩、深夜充電してだな。
昼間の電力として使うってのはどうだ?
電力会社は昼の間こそ節電って呼びかけてんだし、
電気料金だって確か深夜料金の方が安かったような。

それは確か、そういう設定をし直した上だったと思いますよ?

あ"〜? なに甘えてやがんだテプコ






連休明けの産直スーパー“レッドクリフ”は、
客層がご近所の奥様型中心なせいか、
特に何かが変わった雰囲気もないまま、
連休前と同じ空気・同じ温度で営業中で。
朝採り野菜が売りなせいか、
お年寄りは混雑を避けて朝一番にお越しになるからか、
早朝8時開店の直後からのにぎわいが嘘のように、
それまでのお客様の波がぱったり途絶えてのこと、
平日の昼下がりは、ぽっかりと暇になる。
その暇間をついて、
ポップの差し替えとか、売り出し商品の積み直し、
イベント商品の並べ直しなんてのを片付けるのがセオリーなのだが、

 「柱のきぃずは、一昨年の〜♪」

連休明けという微妙な日だからか、
学生バイトも大半が夕方からのシフトとなっており。
こういった作業を、珍しくも店長が直々に手掛けておいで。
鼻歌交じりに、催し用の“島”から撤去している商品はといえば、
さりげなく“子供の日”向けだった、お菓子の詰め合わせ徳用パックで。
折り紙のカブトをかぶった坊やのイラストつき、
いかにも“子供の日”を示していたタグは外した上で、
随分と値引きもしてあったお陰様、
子供の日当日と張るほどの数が捌けていたものの。
副店長から、
次の催し商品を並べてくださいなと急っつかれてのこの作業。
新たに乗っかる商品は、
カーネイションのイラストがついた
チョコレートやらクッキーやらのアソートボックスで。
小さな箱がおまけと言わんばかりに貼っつけてあり、
ハンカチだの印鑑ケース大の細長いガマグチだのが入っている。

 「大体、
  早いところは五月前から
  “母の日”コーナーを作ってますのに。」

柱の傷はもないでしょうよと、
商売人なら もちっと早め早めのお手当てを願いますよと言いたそうな、
口だけじゃあなく、手も機敏に動いておいでの設営補佐、
副店長のベン・ベックマンさんであり。
そりゃあ手際よく、
大きな手で4、5個をまとめて掴み出しちゃあ
棚へピタッと並べる彼なのに対し、

 「そうは言うがな、ベンよ。」

こちらは一番上の段へ、
カーネイションの造花と
アクリルケースの中へ扇形に畳んで並べられた、
見様によってはサンドイッチの見本のような
ハンカチセットを飾っておいでの、
赤い髪したシャンクス店長様で。

 「ウチみたいな生鮮食料品主体の店じゃあな。
  お客様も毎日当たり前にお越しな場所だけに。
  あんまり前々から主張したところで、
  そのまま長々飾ってっと見慣れちまっての、
  肝心な当日には目にも入らんという
  結果、逆効果になりかねんのだとよ。」

だから、むしろギリで展開した方が効果もあるんだと、
一体どこで仕入れた情報なのやら、
鼻高々に吹聴しておいで。
へえへえそうですかと、
こっちもどこまでちゃんと聞いているものなやら。
Pタイルの床へポイポイと、
ダンボール箱を着々と空にしていって、
棚のディスプレイを続けておいでのベックマン副店長だったが、

 「…そういや、ルフィは誕生日にまた背を計ったんですか?」

何しろあの坊や、誕生日が子供の日という、
いつまでも無邪気で屈託がない彼の人柄を
いつまでもそのまま物語っていそうな生まれをしておいで。
店としては忙しい祭日のことなれど、
店が引けてからの夕飯を当ててのお祝い前に、
こちらのスタッフの皆さんも居残っての、
いっせぇのせで乾杯という恒例のプチイベントがあったので。
バイトからパートのおばちゃんたちまで、知らない人はないくらい。
更に親しい親戚一同やお友達は、
そのあとの宴にも招かれて、
お母様特製の御馳走をいただきつつ、
贈り物公開に沸くルフィをほくほくと見やるという、
こっちにも楽しいイベントにも参加するのだが、
あいにくと副店長さんは、
連休明けに並べ直す物品の仕入れの関係で
顔出し出来なんだのだとか。

 「おうよ、伸びたって大喜びしとったぞvv」

にっかと微笑った店長様だが、
そのままお顔の間近へ親指と人差し指とで
今にも輪っかになりそうなCの字を作って見せて、

 「ほんの5ミリだったがな。」

0.5ってのにこだわるようでは
小せぇ小せぇって言ってやったらよ、

 「出ましたか、いつものが。」
 「まあなvv」

そちらも恒例なのか、
副店長が先んじて訊いたほどの“いつもの”というのが、

 『俺は終盤で伸びる男なんだっ。』

いつまでもおチビなことをからかわれるたび、
その決まり文句を言い返し。
してまた、こっちも定番の言い回しなのが、

 『シャンクスくらい大っきくなってやるっ!』

だから見てろよと息巻くのが例年の運び。
近年では“エースみたいになる”に変わりつつあって、
何だよそれと、
秘かにこちらの叔父様が拗ねてたころもあったのだけれど。

 「今年は何と、
  ゾロみてーになるっ、だったよな。」

そもそも一体どういう物差しなんだか。
ゾロというお兄さんを知っている人には、
いやそれは もう無理だろうと苦笑されており。
それから…


  「なあ。お前だって複雑だよなぁ?」


早出のスイカやビワなど、
涼しげな果実を積み上げた台車を押して来た誰かさん。
どういう会話かは、隠し立てしちゃいなかったんで聞こえていたはずで、
それどころか、そのお誕生日会にも招かれていた剣道青年。

 「せっかく可愛いなりなんだ。
  あのままでそれなりのお兄さんになりゃいいもんを、
  お前さんみたく、
  頼もしいけど武骨な風貌には、なってほしくはないよなぁ。」

 「は、はあ…。」

店長さんの言いようだから逆らえなかったか、
いい大人が何言ってるかなと流したそれか。
それともそれとも、実は引っ掛かってたところをずばりと衝かれ、
どぎまぎしちゃった動揺が現れたそれなのか。
どれがこの、
いつもきりりと冴えた彼には珍しく、
ほややんとしていたお返事の正体なのやらで。


   さぁて、此処で問題です。(こらー)








   〜Fine〜  2012.05.08.


  *冒頭でシャンクスさんに歌っていただいた“背くらべ”と、
   いらかの波と雲の波〜の“こいのぼり”と、
   実は歌詞と曲を入れ替えても結構破綻なく歌えるって御存知でしたか?
   どちらも七五調の歌なので、
   フレーズが余らずにきちんと収まるからなのですが、
   そういうチャレンジではなくの素で、
   いらかの波を柱の傷へ埋め込みかけたのは、
   他でもない私です。(うう…)

  *高校生が“大きくなったら”もないでしょうに、
   そこへ突っ込む人がいないのも困ったもんです(う〜ん・笑)


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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